「あなたには、何かこだわりがありますか?」
もし、誰かにそんなふうに聞かれたとしたら、私は答えに詰まってしまいます。
こだわりがないといえば嘘になりますが、あるといってもそれほどこだわりがあるわけではありません。
恰好つけて言うのなら、「こだわりがないのが、こだわり」でしょうか。
普段の生活を振り返ってみると、私は「これがダメなら、あれを使えばいいや」という考え方を大事にしているせいか、使っている道具も、これじゃなきゃ絶対にダメだということはありません。
このブログだって、普段はPC上でテキストエディタを使って書いていますが、いざとなればiPadやiPhoneのメモアプリでも書けるわけで。
事実、旅行の際は旅先でiPadを使ってブログを書いていますし、下書きですが紙に手書きで書くことだってあります。
私は、最初からこんなスタンスだったわけではありません。
いろんな環境で、拙いながらも文章を書き続けるうちに、少しずつ今の考え方に変わっていきました。
世の中には、「原稿執筆には、この万年筆じゃないとダメだ」とか、「文字入力はATOKじゃないとダメだ」とか、「この原稿執筆用アプリじゃなきゃダメだ」とか、強いこだわりを持っている人を見かけることがあります。
そうした道具への強いこだわりを持つ人に憧れて、格好いいなと思って、私も真似してみたことがありました。
しかし作業環境が変わったり、必要な道具が使えなくなったりすると、別の方法へ切り替えざるを得なくなります。
使い慣れた道具で安定した環境を求めていたはずなのに、道具の都合で変化を求められる。
これでは本末転倒です。
「弘法筆を選ばず」とまではいきませんが、「これでも、あれでも大丈夫」と思えれば、どんな環境にいても気楽で身軽でいられます。
「こだわりがない」というよりも、「ひとつの方法に縛られず、いくつかの選択肢を持っておく」と言ったほうが近いのかもしれません。
道具に振り回されず、その時々で使えるものを使う。
それが、私なりのこだわりなのかもしれません。
