今月は、大量に読んでるんで長くなりそう。
ということで、何回かに分けて書いていきます。
4・5月に読んだ本は、メモがどこかに行ってしまったので、見つかり次第ということで。
魔法使いハウルと火の悪魔(ダイアナ・ウィン ジョーンズ/ 西村醇子 訳/徳間書店)
去年の年末に公開された映画「ハウルの動く城」の原作です。
そういえば、先日ニュースで全米興行がはじまったって言ってましたっけ。
映画では、ソフィーの姉妹や、親に対するわだかまり、カブ(かかし)と荒地の魔女の犬の正体がカットされていたので中途半端な感じでしたが、原作にはきちんとかかれてました。
あと、原作をふくらましすぎている点も多く見受けられました。
荒地の魔女は、いい人じゃなくて、悪い人でした。しかも最後は死んじゃったし。
- 前田建設ファンタジー営業部(前田建設工業株式会社/幻冬社)
ちょっと前に話題になった、前田建設ファンタジー事業部の企画を書籍化したものです。
内容は、マジンガーZの格納庫の総工費の試算です。
普通の人には馴染みのない建設会社のお仕事の様子が、読みやすくまとめられています。
テレビで公共工事が取り上げられることが多いですが、総工費ん億円と言われると高い!と思っていたのですが、この業界ではそうでもないんだなぁと感じました。
ちなみに前田建設のウェブサイトでは、今月末から第3弾の企画がはじまるそうです。
- 記憶の国の王女(ロデリック・タウンリー/布施 由紀子 訳/徳間書店)
文章があっさりとしすぎて、状況説明が足りない気がします。
本が開くまでの間は、登場人物は、行間や違うページでくつろいでいるんだそうです。
いきなり本が開かれると、例えば3ページだとすると、3ページまで走って戻って、息を切らせながらセリフをしゃべったり。
またページをパラパラめくると、登場人物がそのページに行こうとして、あちこちに飛ばされてしまったり、間に合わなかったり。
発想が面白すぎて、笑っちゃいます。
藍色の瞳の少女って、作者のことなのかな?
そういえば、この本の原題は「THE GREAT GOOD THING」、和訳すると「とてもすてきな大きなこと」。
そういうことでしたか——
以下、あらすじ。
書籍「とてもすてきな大きなこと」の中の世界の住人である、おてんばなシルヴィ姫(12歳)は本が開かれるたびに同じお話を演じるのにあきあきしていた。
久しぶりに読者(クレア)があらわれ、クレアは夢中になってこの本を読んでいた。
シルヴィは、クレアが本を閉じるのを忘れて寝入っている隙に、掟を破ってときどき外の世界(実はクレアの夢の中)に出る。
ある日クレアの兄 リッキーが本を燃やしてしまい、シルヴィたちは藍色の目の少女(本の最初の読者で、実はクレアの祖母)に導かれて、クレアの心の世界の中に逃げる。
心の中の世界では、クレアの心の中で作られたキャラクターは永遠の生命を持つが、クレアに忘れ去られてしまうと消滅してしまうという事実に直面する。
移住先では、シルヴィたちの生活環境が日々変動し、めちゃくちゃになっていた(クレアの人生が苦難の連続だったため)。
あるとき藍色の目の少女がやってきて、クレアがシルヴィに会いたがっていると言われ、シルヴィは現実世界へ行く。
そこに待っていたのは、年をとったクレアだった。
クレアにせがまれて、娘 リリー(売れない作家)は、昔 母から語り聞かされた「とてもすてきな大きなこと」を、シルヴィの助けを借りてクレアに語る。
シルヴィがクレアの心の中にもどると、王の座は道化師のピングリーに奪われていた。
また、この世界も崩れかかっており(クレアの死期が近いため)、藍色の瞳の少女に導かれてシルヴィたちはリリーの心の中の世界に移る。
リリーは、シルヴィの助けを借りて、母から語り聞かされた「とてもすてきな大きなこと」を出版。
本になったことにより、シルヴィたちは、元通りに本の中の世界で暮らせるようになった。
- アブダラと空飛ぶ絨毯(ダイアナ・ウィン ジョーンズ/ 西村醇子 訳/徳間書店)
「魔法使いハウルと火の悪魔」の続編です。
とはいうものの、本作の主人公は、空想好きの絨毯売り アブダラです。
前作は映画のイメージが強かったんですが、映画とは無関係の内容なので、一からイメージを構築できました。
読み進めていくうちに、「これは王国のかぎ」(荻原規子/理論社)に似ているような気がしてきました。
両者ともアラビアンナイトを基にしているせいでしょうか?
前作の登場人物が全く出てこなくて寂しいなぁと思っていたのですが、後半で真実が明かされました。
猫の親子の正体は、ソフィとその息子。ジンニーの正体は、ハウル。空飛ぶ絨毯の正体は、カルシファー。兵士の正体は、前作で行方不明になっていた国王の弟。
オールスター勢ぞろいじゃないですか!
しかしハウルの弟子 マイケル(映画ではマルクル)は出てきませんでしたが、どこいっちゃったんでしょうか?
- エッセイの書き方(日本エッセイスト・クラブ/岩波書店)
「エッセイとは何ぞや?」をテーマして書かれたエッセイ集です。
意見をまとめると、主観的な観点からの随想を、ある程度の正確さと自らの経験を織り交ぜてつづったもの、ということのようです。
また多くの人が、エッセイの許容範囲の幅広さゆえに、エッセイの文学的地位が低いことを嘆いていました。
歌人・作家の尾崎左永子さんは「ことばの語感」について語っていました。
その話を読んでいるうちに、「マツケンサンバII」のサビの部分に「ア音」が多いなぁと、ふと気がつきました。
松平さんが歌っている部分のノリがいまいちなのは、音の統一感がないからなんだろうなぁ。関係ない話ですが。
- イタイ イタイ ばぁ—男の出産物語(夏野隕石/日本図書刊行会)
日本図書刊行会(発売元は近代文芸社)は自費出版の会社にしては、極端なハズレ本はない。
けど、内容はいまいち。でも出版する意義がある……と思うよ、うん。
ってな本が多いんですが、これもその類です。
文章はうまいんですが、登場人物の心情が書かれておらず、味も素っ気もない。
何を語りたいんだかよくわからない本でした。
- 怪人二十面相(江戸川乱歩/ポプラ社)
昔の名作をよむのは、読書人のたしなみということで読んでみました。
(本当の動機は、名探偵コナンの元ネタを知るため)
気になったのは、やけに読点(、)が多いということ。
「少年倶楽部」の連載作品で、読者層は小学生高学年だったことを考えても、読点が多すぎ。
読点が多い割には、文章のリズム感がバラバラ。
また文章の端々に、子供なんて取るに足らないものだという意識が出ていて、嫌な気持ちになりました。
時代背景ってやつなんでしょうけど……