増田(はてな匿名ダイアリー)の「僕は他人に伝わる文章を書くことができない」を読んで感じたこと。
日記系サイトブーム末期に、この「つれづれ日誌」の前身を立ち上げたのですが、そのときに自分は何のために文章を書いているのかを考えたことがありました。
その結論は「読んでくれた人が、役に立ったと思えるような文章を書きたい」という思いにあることが分かりました。
この思いは文章だけに限った事ではなく自分の生き様の願望でもあり、「350ml.net」と「Tech²memo」・「きゃらりこ日誌」が別々のサイトとして運営されている理由でもあります※。
それはさておき、「自分の書いたものを、他人に読んで欲しい」という執着心がなければ、私は文章を書きたいと思いません。
これに加えて、自分の欲求の昇華(要するに、不満を別の形に変えて吐き出すこと)手段としても利用しています。
しかしここ数年、昇華手段が増えたので、勢い寡筆になっています。
たまに文章を書いたと思ったら、意味の分からないひどい文章ばかりを書いています(箱書き・校正を怠り、拍車をかけています)。
この原因は、自分の中で文章を書く目的があやふやになってしまったからだと思います。
増田の書き手も、文章を書く目的が分からなくなってしまったのではないかと思います。
誰でも、程度に差はあれど、一度はスランプの経験があるようです。
増田の書き手は、自分が文章を書く目的について、じっくりと考えなおす時期に来ていたのでしょう。
私の場合、昇華目的がなくなって、執着心だけになってしまったので、困っています。
とりあえず、先人の名文の書き写しをやってみようかしら。
※ 「350ml.net」と「Tech²memo」は、前者は自分の要求を満たす程度に完成されているコンテンツを公開する場、後者は不完全ながらもある程度形になっているコンテンツを公開する場、「きゃらりこ日誌」は、プライベートな(と言っても、本当にプライベートな話は紙の日記帳に書きます)話題や、思慮浅はかな考察・雑感を書く場だと考えています。